盛岡家庭裁判所 昭和52年(家)100号 審判 1977年5月04日
申立人 高山万次郎(仮名) 外一名
国籍 ベトナム国 住所 岩手県
事件本人 呉徳俊(仮名) 一九五一年七月一五日生
主文
申立人両名が事件本人を養子とすることを許可する。
理由
1 申立の趣旨および実情
申立人両名は、主文同旨の審判を求め、その申立の実情として、将来扶養を受けるため事件本人を養子とすることを望む旨主張する。
2 当裁判所の判断
(1) 申立人らの戸籍謄本、事件本人についての外国人登録済証明書並びに当裁判所調査官の調査結果によれば、次の事実が認められる。
事件本人は、ベトナム国籍を有するものであるが、昭和四五年一一月七日当時の南ベトナム政府の国費留学生として来日し、昭和四七年三月まで東京の××××会日本語学校において日本語を学んだ後、同年四月○○大学農学部に入学し、昭和五一年三月同大学を卒業し、○○市○○△丁目○○販売株式会社に就職した。その後、事件本人は、申立人らの四女高山町子と知り合い、正式の婚姻を約して現在肩書住所において同棲しており、日本に永住することを決意するに至つている。そして、事件本人は、将来日本に帰化手続をとることも考慮しているのであるが、申立人らも事件本人が日本に定着し、四女高山町子と婚姻することを強く望み、そのためとりあえず事件本人と養子縁組することによつて事件本人が日本に定着することについての信頼関係を確保しようと考え、双方合意のうえ本件申立に及んだものである。
以上の事実が認められる。
(2) 以上の事実によれば、本件申立はいわゆる渉外養子縁組事件であるので、裁判権および管轄権について検討すると、申立人らは○○県○○市に住所を有する日本人であり、事件本人はベトナム国籍を有するものであるが、○○県○○郡に住所を有しているので、本件申立については、日本国裁判所が裁判権を有し、かつ、当裁判所が管轄権を有することが明らかである。
(3) 次に、本件養子縁組の準拠法について検討すると、日本国法例一九条一項によれば、養子縁組の要件については、各当事者につきその本国法によつて定めるべきものとされているので、本件養子縁組については、養親となるべき申立人らについては日本国民法、養子となるべき事件本人についてはその本国法たるベトナム社会主義共和国の法律がそれぞれ適用されることになる。
(4) そこで、上記両国法により本件養子縁組許可申立の適法性について検討する。
本件養子縁組は、成年者の養子縁組であるから、日本国民法においては、未成年者の養子縁組の場合とは異なり、裁判所の許可を要せず、単に戸籍法所定の届出をすれば足りるものとされている(民法七九八条、戸籍法六六条)。
他方、ベトナム社会主義共和国においては、一九六〇年一月一三日付政令第二-SL号により公布された一九五九年一二月二九日付「婚姻及び家族に関する法律第一三号」(以下「ベトナム婚姻家族法」という)が効力を有しているところ、同法二四条は養子縁組制度を認め、養子縁組の要件については、養子となるべき者が未成年者であると成年者であるとを問わず「養子を収養する者は、被収養者または収養者の原居住地の単位行政委員会の承認を受けるとともに、戸籍簿に登録しなければならない」と定められている(同条二項)。そして、ここに規定された単位行政委員会の承認は、養子となるべき者の福祉ないし権利保護を図る目的をも含んでいると解される。そのことは、同法同条一項に「養子は、嫡出子と平等の権利を持ち、義務を負う。」と規定し、同条三項に「養子が自ら、または、いずれの者かいずれの団体かが、養子の利益のために請求を提出した場合には、人民法院は先の承認を取消すことができる。」と規定していること、また、同法一条には「民主的な睦まじい幸福な家庭をつくり、人々が団結し、互いにいつくしみ、互いに助け合い、ともに進歩する家庭を築きあげるために、国家は、完全に一夫一妻、男女平等、婦人と子女の利益を保護する自由かつ進歩的な婚姻制度を実行することを保障する。」と同法の基本的理念を規定していることに照らしても、明らかである(以上の条文の日本語訳は、昭和五一年一二月七日民二・六一八〇法務省民事局第二課長回答に紹介されたものによる)。
従つて、同法二四条二項所定の上記単位行政委員会の承認は、養子縁組の当事者双方のための成立要件として定められているものと解されるので、本件養子縁組についても、養子となるべき事件本人の本国法として同法二四条二項が適用され、上記単位行政委員会の承認が必要であると解すべきである。
そこで、本件養子縁組許可申立の適否について考察すると、日本国の家庭裁判所の「許可」をもつてベトナム国における上記「単位行政委員会の承認」に代えることができるかどうかが問題となる。仮に、本件事件本人が未成年者であつた場合を想定してみると、そのような場合には日本国の家庭裁判所の許可のほかに、更に重ねて「ベトナム婚姻家族法」所定の単位行政委員会の承認を得ることを要せず、日本国の家庭裁判所の許可をもつてこれに代えることができると解すべきである。けだし、もし、必ず上記単位行政委員会の承認を要すると厳格に解すると、徒らに著しく困難または不可能な手続が要求されることによつて養子縁組は事実上不可能となり、外国法との調和を図りながら外国人との養子縁組を認めようとする日本国法例一九条の趣旨にも反する不当な結果となるからである。また、「ベトナム婚姻家族法」の上記各規定その他同法の諸規定を全体的に観察すると、単位行政委員会による養子縁組承認の制度の趣旨、目的は、明らかに日本国民法における家庭裁判所による養子縁組許可制度のそれと共通する基本的理念を含むと解され、「ベトナム婚姻家族法」の養子縁組制度自体が、必ずしも本質的に日本国の家庭裁判所のような司法機関の非訟手続による審査を排斥するものではないと考えられる。そして、以上の法理は、成年者の養子縁組についても本質的に異なるところはないというべきであるから、この場合においても、未成年者の養子縁組に関する日本国の家庭裁判所の許可制度を類推適用し、家庭裁判所の許可をもつてベトナム国の単位行政委員会の承認に代えることができると解するのが相当である。
従つて、未成年者の養子縁組の許可に関する日本国家事審判法九条甲類七号を類推適用し、当裁判所は、本件養子縁組許可申立について審判権限を有するものと解することができるので、本件申立は適法である。
(5) そして、「ベトナム婚姻家族法」によれば、養子縁組の要件について上記以外に特別の明文規定がなく、前記認定事実のもとで日本国およびベトナム国の両国法によつて審査しても、本件申立人らが事件本人を養子とすることを妨げる事情は存在しないと認められる。
(6) よつて、本件申立は正当として許可すべきであるから、主文のとおり審判する。
(家事審判官 多田元)